感染症猖獗(大流行)の只中で  川田殖

今から三千年前、当時の国難ともいうべきペリシテびととの戦いに敗れたイスラエルは、(十誡を収めた)契約の箱を持ち出して挽回を計ったが、再び惨敗を喫し、箱は相手に奪われる。勝ち誇ったペリシテびとは、箱を分捕品として自分の町に運ぶが、疫病が流行り大騒ぎになる。彼らの町々を盥たらいまわし回にした挙句、イスラエルの祭司の町まで送り返して一件落着となる。「金の腫物」とか「金の鼠」など、語り口は物語り風だが、サムエル記上4~5章のこの記事を読めば、聖書の意味は明らかだろう。(列王下19: 35=イザヤ37: 36も同様。参考ヘロドトス2:41)

またこれも二千年以上前、アテネの最盛期に起ったペロポネソス戦争の第二年、ペストに見舞われ、市民の1/3が死に、指導者ペリクレスも斃たおれ、アテネは社会的不安と頽廃、政治的・軍事的混乱のうちに滅亡の道を辿る。この過程をあたかも臨床医のごとく記すツキュディデス(『戦記』2:47―54前後)を読む時、病の悲惨もさることながら、当時世界一を誇った経済力と軍事力、文化水準と民主主義体制の国が、儚はかなく亡びたのはなぜかを考えさせずにはおかない。その他例えば14世紀の欧州を席巻して中世封建制度を揺がせた黒死病(ペスト)、第一次世界大戦終結に拍車をかけたとされた、米国出自のスペイン風邪などが想起される。類例は中国や日本にもあろう。

我が家のホーム・ドクターによれば、2009年の悪性インフルエンザはタミフルなどの治療薬を持ちながら今なお流行を繰返し、こんどの新型コロナウイルスは感染しても8割が無症状か軽症、致死率は2%とのこと、また猖獗がいずれ収束しても菌は絶滅せず、将来にわたっても、全世界的協力のもと、人事を尽しての「同居と共生の心術」が必要とのこと。さもありなんと納得させられる。

しかし同居と共生の必要は感染症だけではない。たとえば東日本大震災十年来の後遺症は今なおほとんど未解決、予防接種のきかない災害もある。風評や不安も伝染するが、協力や愛や希望も感染の要素を持つ。この戦いは世の終わりまで続くだろう。私たちは眠ってはならない。

マルコ福音書13章(とその平行記事)は、黙示的時代の終末預言とも取れるが、当時のおどろおどろしき風潮の中で不安を共有する弟子たちに、見るべきもの・心すべきことを告げたイエスの結びの言葉が心に沁みる。「目をさましていなさい(グレーゴレテ)」(哲学者 2020年4月)