金子健二兄は、2007年11月20日に肺がんのため天に召されました。58歳でした。金子さんとは20年前の共助会一泊研修会で同室になり、それ以来の友でした。当時、私は初めての教会堂設計の仕事があり、設計の話になった時に、良い施工会社がありますよと、当時金子さんが属されていた教会を施工した工事会社を紹介して下さることになり、教会を見学させてもらって施工の説明を受けました。さらに彼が主催されていた絵画教室を見せて頂き、絵画教育についての話を伺ったりする交わりの中で、信仰者で彫刻家の金子さんの感性に非常に共感を覚えることが多くありました。
また金子さんが取り組み始められたアートセラピーがどのようなものか知りたくて、千葉の病院でのアートセラピーの仕事を見学させていただいたことや、御茶ノ水にある芸術造形研究所を訪ねて、いろいろお話したことなどを懐かしく思い出します。
その金子さんを中心とした芸術家グループの働きが、医者グループやファミリーカウンセラーグループとの連携の下に臨床美術の実践として盛んになりつつあり、金子さんの活動舞台は、東北福祉大学教授、筑波大学、学芸大学、法政大学、東京家政大学、京都造形芸術大学講師、鎌倉市、高岡市、厚木市、諏訪市、浦安市、蓮田市、横浜市との認知症改善プログラム協力、さらに韓国やフィンランドにまで広がっていたとのことです。そのことを思うと残念でなりませんが、臨床美術の開拓者としての金子さんの死は、一粒の麦のたとえのように、これからますます多くの豊かな実を結ぶことになると信じられます。
日本臨床美術協会副理事長で吉岡リハビリテーションクリニック院長の宇野正威先生は臨床美術を以下のように紹介されています。
「ここで行われている美術療法(臨床美術)は、彫刻家・金子健二氏が、自分の美術家としての経験と、子供への美術教育のなかから編み出した独創的な美術教育法を基礎にしている。彼の美術理論は、“子供は元来のびのびと自由に、自分の気持ちを絵に表現できる。それを抑えて、小さくまとまった小奇麗な絵に指導してはいけない。常識的に見れば下手な絵でも、その絵の中にその人の感性を見出し、伸ばすことが必要である。”というのである。そして10年前から、認知症へのアートセラピーとして、数ヶ所の認知症専門クリニックなどで行われている。美術療法は、認知リハビリテーションとしての役割も検討されているが、彼らが心を開いて感情を表現し、その作品を通じて周囲とコミュニケーションを保ち、社会との繋がりを保つことがより重要な目標であろう。彼らなりの最もレベルの高いQOL(Quality of Life)を実現する上に、芸術の果たす役割は大きい。」
金子さんの奥様から「臨床美術 認知症治療としてのアートセラピー」金子健二編(日本地域社会研究所)という本を頂きました。その中で金子さんが書かれた内容は、以下の文章で締めくくられています。
「・・・痴呆の患者さんは、かつては社会や家庭で大きな役割を担い、活躍してきた方がたです。発病してからは、家族からさえもその“存在”をうとまれてしまう、家族自身もそんな自分のあり方に悩んでいます。
痴呆の場合に限らず、現在の日本では、人格の成熟を迎える老年期に、多くの人が地位や名誉はあっても自己実現できずにいると言います。人生の真の意味から目をそむけ、自分自身の存在価値を探求しない生き方をしてきた方が、生きる意欲すら失っているのです。
臨床美術は、単に“治療”というのではない、生きることの喜びを実感し、人生の意味を自己の中に発見するためのチャンスとして、非常に意義あることだと考えています。」(第1章 痴呆患者に及ぼす芸術の影響について 金子健二)
私の手元には、金子さんが描かれた「十字架に釘付けされ天を仰ぐ自画像」のデッサンがあります。そこには“今宵、汝我と共にパラダイスにあるべし”(ルカ23章43節)の聖句が記され、“けんじ 2007.9.9”のサインがあります。

あまりにも早すぎる死に何故と神様に問わざるを得ませんが、病床でのデッサンを見て、これは金子さんの信仰告白であり、イエス様からの直接の声を聞かれ、天国に導かれたと確信しています。「逝きし友 御国に在りて 永遠のいのち」 私は今、天に召されるときが来るまで「主に信頼して善を行え。地に住み、誠実を養え。」(新改訳 詩篇37編3章)という人生を歩むことで、天国で再び金子健二兄に信仰の友として、相見えることが出来るという希望を抱いています。
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